強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐母の不安 基本的に処置中は家族も中に入れないが、病気の状況を説明を受けるムンテラの後、顔を見るだけならと透析中の家族の面会を許可してくれる。父は、目を開けていつものようにお返事をしていた。 ただ、高齢の祖母には透析している姿を見せると、卒倒してしまう可能性があるため、「処置中だから入れない」と伝えて時間一杯引っ張って、昼の面会時間終わり際に確認したふりをして「あと30分くらいかかるから次の面会時間にしてください」って言われたから出直そうとたしなめて、渋々引きかえしてもらう。 祖母は会えない不安からかまた昼ご飯の摂取が悪く、涙を流している。 祖母を刺激しかねないことを誰かが言ってしまうと、食事も内服もしなくなることを心配した私たちは、透析中、家族以外には「処置中です」と言って面会に入れないよう統一した対応をして欲しい旨を伝える。 入院11日目。今日も透析をしている。 父の返事がはっきりしてきた。 まだまだむくみは残るが、グローブのような手だったのが、いくらかすっきりしている。温かみも感じられ、家族みんなが喜んでいる。 同日。私から兄弟へ、夜の面会報告のメール そこで今後の対応策として家族の氏名と続柄、同居・別居を私が記載した。インターホンでは名前を確認し、記載外の縁者達には「処置中」と伝えて透析中の面会をシャットアウトすること、「家族です」と言われたら続柄を確認することをお願いした。面会を控えるかどうかの判断は、当然母に任せました。<以上> これらに関しては、私たちの落ち度もあったようす。しかし、私の個人的感想は、ICUの注意書き説明文の表現や患者家族への説明が不十分で、また田舎だからという体の良い断りの裏には、多忙な業務の中で組織がまとまりきれていない印象を受けたが、母が心地良くいるためと、その辺は割り切って言葉を呑んだ。 入院12日目。昼の面会にて、脈100、呼吸荒い。今日は透析を休んでいる様子。夜は落ち着いていたので、少し安心。 私も気がめいってきたので、気分転換に夜中にちょっと出掛けようと思い、母に許しを請うと、出掛けても良いとの返事だったので、したくを始めたところ、母が急に「お父さんのことが心配じゃないの?」「急変したらどうするの?」と不安言動を見せたので、放って置けず、外出を中止する。 一昨日はよかったのに今日は熱が上がったり呼吸が荒かったりしてたので(一日を通してみると夜はよかったが)、これを受けて祖母がまた落ち込み、大げさに騒ぐ感じがあり、またその行為からまわりの人間まで気分が波及するような嫌な感じだった。 週末のジンクス「土日や休日を挟むと状態が悪くなる」ということも重なったため、一度は治まっていた母の不安感が振り返したようだった。「おとうさんは助かるっていってるでしょ!脈やらなんやらも全然問題ないくらいまで治まっていたし」と言い聞かせたが、客観視できない分、状況は変わらず。 入院13日目。 今朝穏やかな父の顔を見て顔みてはしゃぐ母を見て「だから大丈夫っていったじゃない」と、つい小言を言ってしまう。 私は今日の晩か明日にでも、一旦、東京へ帰りたいと思いつつも、客観視できる私たち娘がいない間、母が気丈でいられるのかどうか、不安になる。 同日、主治医および担当医師からの説明。 今日も透析。心が沈んでいくのが自分でも分る。 この辺で一度、東京に戻って出勤して挨拶するのが筋かと思うが、安心して戻れる状況にはない。 兄と相談し、兄は2日後に東京での仕事に戻り、私が残るよう段取りをつける。私の上司にはお詫びの電話をかける。上司からは「あと2週間くらいは、現場をどうにかします。」と励ましのお言葉をいただく。 入院14日目。 父は夕食を摂って、良く休んでいた。でも、うとうとしつつも、少しは話を聞いているようだった 今回の父の入院前からずっと風邪をこじらせていた妹が、今日やっと父との面会を果たす。妹には少しずつ身体を慣らしながら、母に代わる主介護者になってもらい、私は近々仕事復帰したいと思った。病院からは、今週いっぱいは毎日透析を行うと説明を受けた。 入院15日目。 11時。いつもやっている透析とは違う、父の体に溜まった毒素を取り除く目的のものらしい。 同日15時の面会。父に会ってみて、母と私は強いショックを受ける。 父は眼を開けて何かを訴えているような感じだった。泣いていた。私と母で「どうしたの?苦しいの?」と聞いたらうなづいていた。いままで痛いとか辛いとか苦しいという言葉に反応したことがないのに、初めてネガティブな質問に返事をした。 日中、低体温だったが、夜は落ち着いていた。今までの経過上、母の意志で、父の兄弟達に透析治療をしていることも伝えることにした。低体温で、布団乾燥機のようなものを使った跡があった。 ちょうど2週間後は父にとって初孫の誕生日。こういう状況の中、こういう時にこそ、ささやかでも誕生会を開こう、ということにした。 母が「お父さんの表情がなくなってきた」「今度の土日が怖い」「連休が怖い」と、不安感だけが増幅し、言動として現れてきていた。 (1)私の想い | (2)強皮症という診断 | (3)同意書にサイン (4)母の不安 | (5)気管切開 | (6)お父さん、お疲れさま |