強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐強皮症という診断 「強皮症疑い」「肺高血圧症」と診断され、検査目的で入院。翌日に右心カテーテル検査と、どの薬が身体に合うかを調べるためのフローラン検査を行うとのことだった。 私の記憶によると、この入院に至るまでの約1年間で検査入院と肺炎での入院をあわせて、既に4度目の入院になるだろう。 1年前に、私が帰省したときにもは肺炎で入院していた。病気がちになってからの父は10キロ近く痩せたという。 遠く離れて暮らす私にとってみれば、この目で父を見ないことには気が収まらないため、急遽、父を見舞うために仕事の段取りをつけて、帰省した。 帰省して見る父は、私の記憶にないくらいに痩せて小さくなっていた。検査日ということもあり、酸素マスクをつけつつ、辛そうにしていたが、翌日からは少しずつ酸素マスクもとれ、歩き始めていた。 見舞いのたびに、父は口癖のように「(自分は)大丈夫だから帰りなさい」と言っていた。 帰省の前日に、自分や家族が父の病状への理解を深め、父を支えるためと思い、インターネットで調べもの。充分に時間が取れない中では、大枠で捉える程度の情報しか得られなかった。 この情報収集は、主介護者になる母に、心の準備をしてもらう意味合いも含んでいた。 「強皮症」についての資料は、見やすくまとめられた厚生労働省のリーフレットを印刷し、帰省時に母や兄弟たちへ仕入れたばかりのにわか仕込みの知識を伝達する。 ただ、このリーフレットは、父の不安を煽ってはいけないという母の計らいで、父には見せないことにしたようだ。 父は、「3週後に、孫のお遊戯会がある。それまでに退院させて欲しい」と、医師に訴えていた。姉に子どもが産まれて“おじいちゃん”になってからは、孫に関する会話が多かったそうだ。 4日後から、検査結果を基に、内服薬の調整が始まった。 幸いにも、私は帰る直前に医師からの説明に同席できた。 説明では、「上手くいけば2週間程度で退院ができるが、何か動作を行おうとする労作時の呼吸苦が残るようなら、在宅酸素による療法なども考えていきましょう。どうなるかは、薬を使ってみての身体の反応を見てみないことにはわかりません」という返事だった。 薬の内容と説明は以下の通り(説明は充分に受けたが、一部忘れたものもあると思う)
この日以降の入院の様子は、私には伝わっていない。 2週間強で、無事に退院申請。後日母から「無事に退院しました」とメールで報告を受ける。 父の希望通り、退院は孫のお遊戯会に間に合ったようだ。 同日の電話ではとても元気そうで声の張りもよく話していたが、妹の話によると、1日張り切ると2日寝込む生活をしていたと。絵に描いたような、孫への溺愛ぶりである。 (1)私の想い | (2)強皮症という診断 | (3)同意書にサイン |