強皮症患者、ご家族の皆さんへ。


強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐私の想い

私が父の病気と向き合い始めたのは、父が他界するまでの、ほんの3ヶ月程度だった気がする。

他の家族は、どういう気持ちで、今を過ごしているのかはわからない。

私からしてみれば、退職後に病気がちになった父は、自分の意思を持ってひとりで病院に行き、きちんと病院から説明を受けて、治療を受けているものと私は思っていて、勝手に安堵していた。

結婚して首都圏で暮らす私は、普段、父の変化に気づけるような場所に居なかったし、「きちんと治療を受けている」と、そう思うことで私自身の安心材料にしたかったのかもしれない。

だからこそ、父の病態が悪化してからは「父のとの話の中から察知していけたのではないか」という後悔の念が、拭い去れずにいた。

仕事で医療現場に身を置く私にとってみれば、父の死は心が張り裂けそうなでき事だった。

私自身、医療従事者でありながら、なぜ自分の家族のことが一番見えなかったのかと。

この気持ちは、同業者しか理解できないかもしれない。自分のやってきたことが、全く無駄だった気分にも、自分が偽善者極まりない感じにも思える。

身近に居た家族も、離れて暮らす家族に対して、不安を煽ることを言うまいと、気を沢山使っただろう。それもまた、家族なのに…という後悔になる。いろんな面から、私が至らなかったのだろう。

私は、父個人の思い、家族だからこそという思い、病院関係者の思い、それぞれがなんとなく感じ取れるために、いつでも心の中で不安が渦を巻いていた。

だから、私の主観というよりも『どの目線や力加減で接するのが、皆にとって良いのだろうかと』いう気持ちの方が先行していて、ひとつひとつの言葉に対して、いつも考えていた。

今だから言えることだが、私も医療現場に居る人間であるせいか、ICU(集中治療室)に入ってからの父の状態と変化を見ていて、日々、仕事に戻るタイミングが分からなくなっていった。

危険な状態が続いていることは、医者からの説明と、自分で調べて補足すれば、状況がなんとなく予想つく。ただ、そういう中でも、父自身が皆の期待に応えるべくして、必死に生きる事に向き合っている姿を見ていたから、最後の最後まであきらめてはいなかったし、心の底から応援していた。

仕事を休んで、父のそばで介護する親兄弟を見て、当たり前のように「家族を守らなくてはいけない」という気持ちもあった。

だからこそ、永眠した後に、自分への自責の念を封印した。父が最後に見せた「病気へ立ち向かう姿」に敢闘賞を贈りたい。ただ、それだけの思いだった。

今を生きる人たちがいろんな思いを持つのは、自然なことだろう。

ただ、父が安心して成仏できるように、時間を薬にしながら、家族のひとりひとりが、1日も早く前を向いていけるようになることを、私は心から願っている。

そして、私たち家族が味わったことを、この場だけで終わらせていいのかという燻る気持ちを整理できれば、少しでも世の中で似たような苦しみを味わっている患者・家族の参考にもなってければとも思う。

終わりではなく、新しい時間が始まる。どう感じるかは、人それぞれだとも思う。


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