強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐私の想い
退職後に病気がちになった父。でも、自分の意思で病院に行き、きちんと病院から説明を受けて、治療を受けて快復しているものだと私は思っていました。 父の病態が悪化してからは「父のとの話の中から察知していけたのではないか」という後悔の念が拭い去れませんでした。
強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐強皮症という診断
ふるさとを遠く離れて東京で暮らす私。父は「強皮症の疑い」「肺高血圧症」と診断されて検査目的で入院しました。すぐ翌日に右心カテーテル検査と、どの薬が身体に合うかを調べるためのフローラン検査がありました。父は早く退院して姉の子どものお遊戯会へ行くことを目標に、検査・治療を受けていました。
強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐同意書にサイン
間質性肺炎急性憎悪でICU(集中治療室)に移動した父。呼吸状態も悪くて、気管支鏡をしたいので早急に人工呼吸器をつないだ上で検査と治療を進めていきたいと主治医から説明されました。
強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐母の不安
入院中は、予想もしないような、いろいろなことが起こります。健在な祖母(父の母親)はもちろん、
母も不安を隠せないようすでした。私自身も、夫や仕事が待っている東京に戻るべきかどうか、悩みました。
強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐気管切開
人工呼吸器を使い始めて10日目。医師から気管切開を勧められました。気管切開をするメリットは充分に説明を受けましたが、父は沈静をかけられているのにもかかわらず、大きく首を横に振っていました…。
強皮症患者、ご家族の皆さんへ。‐父の闘病生活‐お父さん、お疲れさま
娘の私が言うのもおかしいけれど、父はよく頑張ったと思います。とても真似のできない、辛抱強さと、前向きな姿勢で最後まで病気と向き合っていました。お父さん、お疲れさまでした。そして、みんなも。

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